『タイで野良犬に噛まれた!』

3月1日から13日までの間、総勢約150人(タイ、ミャンマー、スリランカ、ガボンジア人僧侶や尼僧、その他いろんな国の一般人達)に記念講演、坐禅指導、ワークショップ旅だち等をやってきました。

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今、タイでは禅が人気があるそうです。

この度の記念に、タイから立派な仏像トロフィー、ミャンマーからとても貴重な仏画等を贈呈されました。

また、交流を通じて沢山の気づきと絆をいただきました。

ミャンマーでは内戦の被害で殺された家族のグリーフケアや孤児院、破壊された学校、病院等を僧侶達が頑張って仮設でやっていることを聞きました。

他国の方々も同じく、坐禅や研修や旅だちで、新たな気づきと共感があった様です。

そして、野良犬に噛まれるハプニングも…

バンコクを代表する巨大寺院ワットアルンとワットポーにお参りした後でした。

普段のなまぐさ坊主さに、バチが当たったのかもしれません。

ご心配いりません、直ぐに病院へ行き注射しました。 大丈夫です。

彼岸なので、タイの坊さんに負けない様に精進したいと思います。

お互い身体大事に魂を磨きましょう。

仏教者の社会貢献30周年記念式典に招かれて、基調講演やドキュメンタリー映画上映、WSなどをした時にタイ国とミャンマー国の皆様より贈呈されたもの。

「旅だち」ワークショップや坐禅指導に活動支援指導など、一般.国際人やタイとミャンマー僧侶.尼僧たちに、2週間びっしりやって来た。

4日、包帯で傷を固定をしながら坐禅やWSに挑む。前夜に野良犬に噛まれて、病院へ運ばれ破傷風と狂犬病ワクチンを打った。

「著書が中国語で出版され、タイで狂犬に噛まれる。」 書・根本一徹

私の著書「絶望のトリセツ」を中国版で出したい。昨年台湾の大手出版社から連絡があり、中国語版で出版された。台湾や香港の書店で売られているそうだ。

この本は、20年の希死念慮者や自死遺族支援活動を振り返り、代表的な例を7つ載せた新刊である。どんな内容かと言うと、貧乏、孤独、人間関係、生きづらさ……のべ2万人もの自殺したい人と向き合い話し合って彼らを救ってきた、世界が注目する禅僧が語りかける、「死にたくなるほどの絶望」を乗り越える方法とは。

……この本は、君の先輩たちがどうやって底なしの絶望や生きづらさと向き合い、一歩前に踏み出すことができたかをまとめた記録だ。俺はこの本を、自殺したいほどまでに悩み、生きる力を失っている君のために書いた。(中略)もし君が人生につまずきそうになっているなら、この本をまた立ち上がるための「杖」のような存在にしてほしい。書かれていることを反面教師にするもよし、ヒントにするもよし、何かをつかんで一歩を踏み出してくれたらうれしい。[絶望のトリセツ本文より]

この中国版には、台湾の多数の著名者たちの推薦コメントが載せてあった。現在台湾や香港で出版されものが、いろいろな書店でオススメ本として、平積みにされている。台湾に住む複数の友人から、その光景写真や感動した感想が送られてきた。

タイでは自殺問題が大きな社会問題になっている。仏教者の社会貢献者を集めた団体、SEM・INEB30周年の国際会議で基調講演に呼ばれた。また主演ドキュメンタリー映画の上映、臨終ワークショップ、坐禅指導質疑応答などを3つの団体に行った。世界中から集まった活動家や仏教者達。心理学者、カウンセラー、セラピスト、保険関係従事者たち。そしてタイやミャンマーの僧侶、尼僧達である。今、タイではバブルでバンバンと高層ビルが建設され、かつての汚くて雑踏とした街並みから近代化が進み、健康と美容をメインとした建物が多く見られるようになった。また、経済成長とともに精神性も注目されるようになり、心理学者やカウンセラーの需要が進み、さらにそこから仏教国でもあることから、座禅ブームや僧侶に求められている心の安らぎ方法など、たくさんの経験を積んだ先人である私からそのスキルや座禅の方法などたくさん学びたいと言うものである。タイヤミャンマーの僧侶と接してみてわかった事は、人々の救済活動には目を向けず、自分自身の修行を最優先としている。仏法を学び、戒律に乗った生活を実践し輪廻から解脱する為に日々精進修行する。人々は、僧侶をサポートし、支援するというのが、今までの構図であったが、ところが近代化が進むにつれて、それが弱まりつつある。支援するよりも支援を受けたいという。逆転が起こりつつある。助けて欲しい。導いて欲しい。救って欲しい。一般人からの切実な叫びである。「人を救えなければ、仏教って何?」ということだ。

現地では、朝の5時から座禅指導。上映会、講演質疑応答、臨終体験WSと、とてもハードスケジュールであった。そんな中少しだけ時間をいただき観光に仏教遺跡、寺院などを回る。3月初めと言うのに、40度近い気温である。私はやっとTシャツ短パン姿になり、ワットフォーやワットアルンなど、巨大な寺院宮殿に感動しながら、屋台で食事を点々とした。気がつけば夜になり、国際会議場へ帰ろうとスマートフォンを見ながら舟着き場に向かった。バンコクは大きな川が流れていて、橋が少なく、人々は渡し船を使って移動する。川を渡り帰ろうと、ナビの言う通り見ながら歩いていった。本来ならば、船着き場はとても店や人が多く、賑やかであるのだが、近づくに連れて人が居なくなり、真っ暗闇な街並みと船着き場が現れた。店は沢山あるのだが、人気が無く明かりが全くついていない。暗闇の中で狐につままれたかのようだ。

後に知るが、国の政策で強制休日というものがあるそうだ。そんなことも知らずに、スマホのナビの言いなりでここまできてしまった。川向こうにある国際会議場を見つめながら、呆然としていると、狂った犬の鳴き声が聞こえてきた。普通の鳴き声とは全く違う感じの吠え方だ。危険を感じた。私はその場から戻ることにした。ところが犬は吠えながらだんだんと近づいてくる。背面に感じる鳴き声と足音。何とも言えない恐怖感である。しかし、走ると追いかけてくるものであるから、ゆっくりと歩いていた。

その時である。突然ガブっと私のふくらはぎに狂犬が噛み付いてきたのである。不意打ちであった。空手経験のある私は瞬間的に蹴り倒したが、ズボンが引き裂かれ脹脛は肉が裂けて血が吹き出していた。犬は1メートル位ある大型犬であった。その姿は、毛が剥がれ、ヨダレを流し見るからに危ない感じであった。狂犬病や破傷風の危険を感じた。とっさに、私は患部を圧迫し、大声を出し血圧を上げながら、血を絞り出していた。

すると奇跡が起きた。2人乗りのスクーターが私の叫び声を聞いて近づいてきたのである。運転していた40代位の女性は「どうした?」と聞いてきた。私は翻訳アプリを使い状況説明する。するとそれは大変危ない。狂犬病の悪い犬だから、すぐに破傷風と狂犬病の注射を大きな病院に行って打たないと危ないと言う。後ろに乗っていた彼女のお父さんは、スクーターで消毒薬を取りに行ってくれて、処置後包帯で患部を固定してくれた。

娘が「はい後ろに乗って!」私を狭いシート後部座席に乗せた。そして私の後ろに、お父さんが跨る。ちょうどサンドイッチされるような形で3人乗りである。国際会議場まで夜の街をノーヘルで爆走することになった。川を渡ればすぐ目の前なのだが、橋を渡ると1時間位かかってしまう。途中でガソリンが切れてしまった。私が乗せたスクーターを手押し車のように2人は押しながらガソリンスタンドまで行き、そしてまた再び出発。何とか会議場まで着いた。

私はお礼がしたいからと言って、連絡先とお名前と聞いたが、彼らは何度聞いても教えてくれない。「なぜ教えてくれないのだ」と私も強く言うと、「私たちの隠徳をどうか奪わないでください。」と言う。私は驚いた。仏教における最も尊い行いは、この隠徳、つまり見返りを求めない善行である。それを僧である私が、命の恩人であり、一般人である彼らから身をもって教えられたのである。忘れていた陰徳というこの尊い行為に涙がこみ上げる。

「タイ人として申し訳ない。その犬は全く知らないが、怖い思いをさせてしまって辛かっただろう。私がタイを代表して謝ります。」帰り際にお父さんが言って頭を下げた。そして娘は真っ青になってる私の肩を優しく撫でた。「これでワクチンを打てば、あなたはこれからは犬に噛まれても大丈夫な身体になる。一回り強くてたくましくなれるね!」と笑った。続けて「私たちは人を待たせている。実は大変急いでたので、もう行かなければならない。どうか無事を祈ってます。」そう言うと、来た道を颯爽と戻って行った。私は彼ら命の恩人の姿が見えなくなるまで合掌して見送った。二度と彼らにこの恩を返すことができないが、私も人々に陰徳を与えていこうと決意した。まさに神仏が彼らを通して、「ほんとに大切なものは何なのか」を教えてもらえた有り難い体験であった。

タイでの奇跡     詩・根本一徹

黄金の心に抱かれて 輝く寺のもと、

僕らは恐れ知らずの夢を追いかけた。

蒼く燃える空の下、

自分の中の炎を見つけた。

聖なる廊に響く足音、

汗と魂が壁を砕いた。

真っ直ぐな情熱で踊るように、

古くて新しいものを築き上げた。

言葉ではなく手と手で、

心が繋がる糸を紡いだ。

静かな視線の中に、火花が走り、

他人があっという間に仲間に変わった。

それはただの土地じゃなかった、

鼓動であり、呼吸であり、誓いだった。

一滴の雫として来た僕らは、

流れとなって、夢と共に旅立った。

Miracle in Thailand    Ittetsu Nemoto

In the heart of gold, where temples gleam,

We chased a wild and fearless dream.

Under skies that burned in ruby light,

We found our fire, we found our fight.

Footsteps echoed through sacred halls,

As sweat and soul broke every wall.

We danced with purpose, raw and true,

Built something old, yet born anew.

Hands in hands, no words were said,

But hearts spoke loud in threads we thread.

In silent glances, sparks were cast,

And strangers turned to friends so fast.

It wasn’t just a place, a land—

It was a pulse, a breath, a stand.

We came as drops, we left a stream,

Forever changed by one bold dream.

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